プログラミングできない元請けがプログラム設計書をレビューするという矛盾

人によってプログラム設計書の定義が違っていそうなので、最初に定義しておきます。ここでいうプログラム設計書は、ほとんどプログラムと対応するようなロジックが記述されているようなものです。

プログラム設計書を作るのは「誰が書いても同じコードにするため」だけでなく、元請けがレビューするためでもあります。元請けがプログラミング言語を読めないので、日本語に落としてレビューします。コードを書いてからプログラム設計書を作ることもあります。

プログラミングがあまりできない人が、ちゃんとしたプログラム設計書はかけないのと同じように、プログラミングできない人が、プログラム設計書のレビューはできません。
当然だよね。プログラミングができないのなら、プログラミング言語自然言語に翻訳したプログラム設計書を理解できるはずがない。
できるとしたら、誤字脱字、単語が統一されていないとか、日本語が変だとかそんな指摘くらい。そんなレビューは意味がない。だって、全然プログラムの品質向上に役に立ってないじゃん。設計書の日本語は多少向上するかもしれないけど。

  • プログラミングが苦手な人にプログラム設計書を書かせても意味がない
    • 論理的に考えることができないから
  • プログラミングができない人にプログラム設計書をレビューさせても意味がない
    • 日本語を眺めているだけで、書いている内容を理解できないから
  • プログラミングができる人にプログラム設計書を書かせても意味がない
    • できる人の作業効率を下げるだけ

こんな非効率・非常識なことを改善するだけで、日本のSI業界はもっとよくなる。改善するにはどうしたらよいかって?決まってる。


元請けもきちんとプログラミングできるようになること
そんな難しいことじゃない。プログラミングを教えるコストは、もちろんかかるけど、そのおかげで、プログラム設計書を書かなくてもすむようになるなら、十分すぎるほど元が取れると思う。
じゃ、ISIDはどうなんだと思う方もいるかもしれません。今のうちのえらい人の考えは、技術力(プログラミングを含む)は、うちの会社の足腰だから、技術力をきちんと持ったSEを育てることが強いISIDをつくるという考えです。
その表れとして、従来三ヶ月だった新人教育の期間をプログラミング力を鍛えるために、今年はさらに三ヶ月延長されました。最初の三ヶ月は従来どおり。残りは多分プログラミングばっかりしてるんじゃないかと思います。
従来は、三ヶ月の研修の後、プロジェクトに配属され、その後の教育は、プロジェクトごとに行なわれていました。まぁ、OJTってやつ。これじゃ足りないと判断したってことですね。4,5年前は、3,4ヶ月、社内システムを作らせたりしたことがありますが、都合のよい社内案件は、そうはないんだよね。
後、若手を育てるためにやっていることとして、新人を何人(去年は3人)か、うちの部署(開発技術センター)でうけいれて、新人一人に対して、うちの部署のメンバーが一人ついて、マンツーマンで二年間教育するってのをやってます。うちの部署は、SIはやらずに技術サポートに徹しているので、新人に対しても、手厚く面倒を見ることができます。SIやってる部署は、どうしても案件が優先されるからね。
そうして、二年間修行を積んだら、SIやってる部署に戻されて、そのスキルを現場で役立てるわけです。
例えば、太一が新人一人に対して、マンツーマンで教えてますよ。技術的なスキルはきっとつくはず。超地道ですが、スーパーな人はすぐには育たないので、技術を教えることも現場を体験させることもともに必要だと思います。
プロパーにきちんとプログラミングの教育をすること。日本のSIerはそこからはじめるべきですね。
自動車のような産業構造に再編すべきだなんてことをいう前に、基本的なこと(プログラミング)をできるようにしなきゃね。こんなこともできないようだと、インドや中国のSIerに買収されてもしょうがない気がする。